皆さんの体験談

自分で自由につくれる幸せ (ユカさん編)

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私の育った家庭環境は、両親のDVやネグレクトがありました。

両親はパチンコ中に妹の面倒を私に押し付けるので、私がパチンコ屋でミルクやオムツ替えをやっていました。児童養護施設にいた時はイジメと職員からのパワハラに合い、父親の友達からは性暴力を受け、高校生の時に野宿も経験しました。

それから逃げるようにパートナーと同棲、後に結婚と離婚をしています。

パートナーとの関係から自分に焦点を当てた

私はパートナーの反応の乏しさや返ってくる言葉の物足りなさが続くことで「何かが変!」と爆発してしまい、そこから自分が納得できるような反応求め、自分の熱量を伝えるように声が大きくなり、簡単にヒステリックを起こすようになってました。

たまたま自分の育った環境が良いと言えず、また相手は温か家庭で育っていたという事実から “コミュニケーションが上手くいかない時は、自分の背景が影響している” と思い込んでおり、自分に焦点を当て考えてきました。

これは、たまたまの産物ですが、今振り返れば私の場合は良かった点だと思っています。じゃないと、ずっと【自分が正義と思い込んでる剣】を振り回していたかもしれないからです。例え正義だと信じても剣は剣、振り回すものじゃないんですけど、それくらい自分に余裕が無くなってましたね。

そのうち、パートナーが話せる環境とタイミングになると話してくれるのがわかってきました。

いろんな個性を許せず苦しく生きるより、違いに驚きながらも楽しめる方が生きやすいと思うようになり、ありのままを受け入れていきました。おかげで言葉や反応の乏しさが全く気にならなくなりました。むしろ反応があるとまで思えるようになっていました。

反応が乏しい時は「そういう状態なんだ」と感じるからです。また少ない言葉であっても、その小さな反応を、そのサイズのまま受け取れるようになっています(若い頃は小ささで、反応が無い!と感じていたのに)

離婚後も父親と子ども達が良い関係を築けるために

離婚の原因はまた別の理由でしたが、コミュニケーション面では困る事がなくなっており、離婚後の面会でも子ども達のフォローもでき良好な関係を築けています。面会であっても私も含めて食事をする事もありますし、運動会にも呼べる関係があります。

一時期、娘が父親の反応の乏しさを気にした事がありましたが、娘も父親の個性を理解して関係が築けています。子ども達には自分の価値観で人の個性を裁かずに、お互い心の健康を守れる方法を体験して欲しいです。

相手と自分との距離が重なりすぎると苦しい

何年も怒りの感情を抱えて生きていると、そういった人生を歩む癖がついて抜け出すのは大変なんじゃないかと思います。例えば、相手が認めるまでは怒りが治らない状態であれば、相手と自分との距離が重なりすぎていると思うからです。

それは相手の言動に満足できるまで、自分が満たされない状態になっていると考えるので、

【相手=自分の精神】

その距離の置き方が苦しい生き方のように見えるからです。

もちろん相手に「こうして欲しい」と望んだり伝えたりして良いのですが、叶うまで怒り続ける事は別だと、私は考えています。

誰かに依存したくなるほど苦しい時に「どのように解決するのが良いのか?どこで折り合いをつけたいのか?」という情報があれば、私はもっと早く救われていたのかを考える事があります。

でも悪い出会いや悪い情報も多いなか、誰の意見に耳を傾けどのように行動するのかは、結局「私」しかいないと思いました。

児童養護施設の職員から言われたこと

児童養護施設にいた時、同じように家庭に恵まれない境遇の人達との出会いが多かった事から、満たされなくて生きにくくしてる人達が多いと知りました。

でも私が成人した後に、まだ児童養護施設に入っていた妹達のことで、施設職員からこう言われました。

「どうしても求めるものが大きい子達が集まるのですが、妹さん達は与える事もたくさん出来ますね。そして明るいです」

この言葉は今でも印象深く残ってます。

私や妹達は周囲の人に恵まれたのもあるかもしれませんが、自分や周囲の人を大切にしないと乗り越えられなかったのもあると分析しています。

胸の痛みを消すには、自分や人を大切にするしかない。ただそれだけだったように思います。辛かった体験を繰り返したくないから、自分にも人にも優しくしたいです。

「お姉ちゃんなんだから!」を言わない理由

私のように子どもの時に責任を負わされてしまうのも防ぎたくて、長女には「お姉ちゃんなんだから!」を言わないことにも繋がっています。子どもには、成長にそぐわない責任を負わせたくないんです。

お姉ちゃんとしての存在を「母親代わり」ではなく、お姉ちゃんであっても弟や妹であっても、みんな同じ「子ども」という立場で育って欲しいと思っています。

年齢の関係から先に覚えた年長者が、下の子に教えたりするような場合は「さすがお姉ちゃん」と表現しますが、母親の責任を負わせるのは違うと考えています。

自分だけは自分を大切にする!

人は社会と繋がって生活しているけれど、どこに所属しているかで見えてる景色が違います。私は親に恵まれなくても、「自分だけは自分を大切にする!」との思いで前を向いて生きてきました。自分で自分を幸せにしたいです。

振り返ると、家庭環境からの犠牲となった幼少期を通して、出来上がった考えは、まず「自分を犠牲にしたくない」事なんです。

その点で反抗期のように親に対して妹の育児を断るようになりましたし、妹には申し訳ないけれど、親と同じように私も妹達を虐待してしまいました。いわゆる負の連鎖を子どもの時に体験しています。

その後悔があるから、反省もして、今の考えになっています。そして、自分や人を大切にできない苦しさと不幸を知ってしまったんです。あの頃の苦しさを二度と繰り返したくないから前を向いて立ち上がってるだけです。

「もう大丈夫。自分は子どもじゃない。自分も大切にできる」と自分を癒していたのかもしれません。

そして被害者としてのトラウマもありますが、子どもだったとはいえ自分が加害側の言動をとった事もトラウマのようにずっと心にあり続けています。それが今の冷静さや他者への寛容さに繋がっているだけです。

施設から妹達を引き取って、夫と4人で暮らした時期もあります。どんなに妹と衝突しても毎日、妹達にお弁当を作って過ごした事で、妹の1人が結婚式で「毎日のお弁当ありがとう。私もこれから家族のためにお姉ちゃんのようにお弁当を作りたい」みたいな手紙を読んでくれました。

親や大人に傷つけられ、妹を傷つけていた子ども時代とは異なって、私が後見人となって妹達と過ごした景色は大きく変わりました。

このように自分の生まれ育った不運は変えられないけど、この先の一つ一つの選択は選べるというのを体験しました。

自分の振る舞い方でこんなに変わるんだという体験もです。

「私」の生き方を選ぶことが自由の証

妹達の存在や、友達やパートナーとの出会いから支えて貰った部分も大きかったですが、やっぱり最後は自分自身の在り方だと思います。

幼少期の心の傷の大きさというものは影響が強いと実感してますが、そんな運の差だけで自分のこの先まで影響させるのが、納得できないのが正直な所ありまして、ずっと被害者で傷ついたままでいるよりも…誰かを傷つけてしまう生き方よりも…という気持ちが根底にあるからです。

自分がどう生きたいか、どんな選択を繰り返して、何を積み重ねていくのかは「私」だと感じていて、それが自分の自由な証とも捉えています。

「どう育てられたか?」「どう教わったか?」という話題に関して何もない自分なので、親の関与が少ないおかげで考え方の影響が少ないのかもしれません。

20歳の成人になれた時は嬉しくて「自分の人生を生きる!」と強く思った事がずっとベースにあります。育った家庭や環境など、自分で選べない部分の影響で、自分の未来まで奪われなくないですから。

でも、無理せずに素直でいる部分も握りしめています。心の健康を何より大切にしたいからです。

辛い時期があったけれど、その時の出会いのおかげも山ほどあります。仲の良い友達から知人まで今も大切に出来る関係を築いていて、なんというか…その分の積み重ねてきたものが今の財産になったかのようです。生きていく素晴らしさを感じるばかりです。

私達のように家庭に恵まれなくても、明るい未来に繋げられる体験談として伝われば幸いです。

そして、「自分自身を救うのは自分!」と奮い立つ人達を応援したいです。

ユカさんへの個人的な相談や質問はご遠慮ください。