さくらの気持ち

カサンドラのレッテルを剥がす時

私を苦しめていたカサンドラ症候群とは、一体なんだったのかと改めて考えてみた。 

夫がアスペルガー症候群だと知れた時、救われたと思った。 

私は”カサンドラ症候群”という状態だったんだ、と。 

カサンドラのレッテルを、すぐに自分のおでこに貼り付けた。 

長年の死にそうなほどの苦しみは、アイツのせいだったんだ。 

アイツが共感できなくて、
察することができなくて、
空気が読めないからなんだっ 

私はフツーで、アイツがおかしかったんだ。 

ドロッとした漆黒の憎しみが滴り落ちる。 

「あんたには心がないのよ!!」 何度夫に撃ち放った矢だろうか。 

その矢が全て私に跳ね返り、自分で自分を傷つけていたとは知らなかった。

🌛🌛🌛 

夫はアスペルガー症候群。 

だから私の心の苦しみは消えないんです! 

カサンドラ症候群というネーミングを気に入り、私はそこから頑として動かなかった。 

私の視界には「アスペルガーを改善すべき夫」だけが写っている。 

そうすれば私は今度こそ幸せを掴めるから。 

なんとも残虐なホラードキュメンタリーであろうか。 

追い込まれた夫は、鬱になった。 

発達障害による、二次障害だった。 

理解されずに、極度のストレスの環境にいると発症する。 

なんであんたが鬱になるのよ! 

理解されないで鬱なのは私なのよ!! 

なんとも元気な鬱だこと。

私の被害者意識は全身に根を張っていた。 

そして自分の問題を全力で隠していた。

そうすれば、自分の弱さに向き合わなくて済むからね。

そうすれば、うまくいかない理由を相手のせいにできるからね。

剥がれないようにカサンドラのレッテルをぎゅっと押し付けた。

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「僕達は、離婚したほうが、いいと思う」 ある日夫が重く言い放った。 

私は自分が離婚の主導権を握っていると思っていたので、一気に心を引き裂かれた。 

一種のプライドだと思う。 

引き裂かれた心に隠れていた中身の一部が顔を出した。 

その歴史は深いらしく、年月をかけて築かれてきた私の人物層が見えた。 

持って生まれた性格の周りに、影響を受けた様々な人達に踏み固められた人格の層が連なる。

自分で影響を受ける選択をしていたらしい。 

完璧主義で攻撃さも弱さもエゴも見え隠れする。 

優しさも見えるがお節介に近い。 

勝手に世話をしといて見返りを求めている。 

孤独が嫌いなのに、孤独を自ら選んでいる。

いつも何かに我慢して自分を抑えている。 

だからとっても寂しそう。 

愛情を求めているみたい。 

「いつからなの?」そう聞いた相手はまだ幼かった。 

これが、「私の」カサンドラ症候群の原因だった。 

原因は、私の心の中にあった。 

夫にもあったけれど、私の心の中もあった。 

夫婦のどちらかに問題があれば、もう片方にも問題があるものだと思う。 

自分の問題を解決する前に出会い惹かれ合う相手は、

悪い意味で言うと、相手にも解決していない問題があると思う。

良い意味で言うと、衝突があるだろうから学び合い成長できると思う。

人は自分と似たような人と一緒になり、

パートナーシップを組むのだから。

🌜🌜🌜 

しかし、カサンドラというレッテルを貼り鎖で守っている限り、その原因にまた施錠することができる。 

自分の改善すべき課題から目を背けることができる。 

その方が楽だから。 

だって私の夫はアスペルガーだから。 

そっちの方が酷いんじゃないの? 

アスペルガーというレッテルも相手のおでこに貼っておく。

私はいつも、なにか言い訳を絞り出しては自分以外の人間を修正したくなる。 

人の問題をよいしょよいしょと背負っては、解決しようと自ら荒波に飛び込む。 

そして溺れる。 

沈みそうになるのを誰も助けてくれないと、浅瀬からギャーギャー叫んでいる。 

そのエネルギーを、自分自身に使わないの? 

私はもう、自分のズルさを見て見ぬ振りはできなかった。 

自分にしっかりと向き合おうと決心した。 

🌛🌛🌛 

インスタを始めたばかりの頃、頻繁に聞かれる質問があった。 

「結婚前に旦那さんがアスペルガーだと知れていたら、結婚していましたか?」 

当初はそういう質問にマジメに答えていたけれど、 

ちょっとね、後悔をしているんだ。 

ごめん、そういう方向じゃないんだ。

諦める. 我慢する. 許す. 寛大さだとかも、

もっと違うと私は感じている。

幸せって相手次第ではなくて、自分次第だと思うんだ。

相手がどういう人間かではなくて、自分はどういう人間かだと思うよ。

🌜🌜🌜 

「カサンドラとはアスペルガーを触媒にしたアダルトチルドレンの二次障害、ですかね」 

仲良しのフォロワーさんにポッと言われた。 

「私を」苦しめていたカサンドラの正体をどんぴしゃに表現していて、つい彼女の語彙力を褒めた。 

私は「カサンドラ症候群とは自分自身が作り出していた状態」だと思っている。

悪化させていた、と言った方が正しいかな。

夫にも性格上改善点があったからね。

どっちもどっち。

🌜🌜🌜 

物事の捉え方は人それぞれ違う。

ある言葉を放って、みんなが同じ意味で捉えることはあり得ない。

ある意味、その時の感じ方でその人の現在の心の状態が分かる。

現在といっても、深く根を張ってきたものであろう。

だからこそ、それぞれが自分自身に向き合うことが大切だと思っている。

そして自分の答えを自分で見つけていく。

自分らしい幸せのカタチを自分で見つけていく。

自分が求めていた理想の家庭像とは違うカタチかもしれない。

でもそのカタチこそが、探し求めていた自分だけのオリジナル。

理想の型から外された時に、やっと現れた自分のための答え。

私はカサンドラを知れて救われた。

同時に、被害者意識が強くなり苦しめられた。

アスペルガーとかカサンドラとか、その他諸々のレッテルは、

剥がした方がいいと思った。

だからこれからも、

夫のアスペルガーのアレコレに着目して語るのではなく、 

自分の心の捉え方に着目していきたい。