さくらの気持ち

それが私の「自分に向き合う」こと

カサンドラ症候群だけを患っている人はいないのではないかと思う。もともと心の病などが別にあり、それが発達障害の特性と摩擦したことで顔を出し、二次障害として発症されたのがカサンドラなのではないだろうか。

夫婦の場合はまた別で自分でパートナーを選んでいるから、自分の心の状態を知るのに必要な存在だったのではないだろうか。だからカサンドラ回復には「自分に向き合う」ことは大切だと言われているが、それはどんな心の病でも共通している過程。カサンドラに限ったとではないと思う。

私はカウンセリングに行き始めた時は、夫をどうにかして欲しい気満々で怒りに満ちていた。でもセッションを進めるうちに、そういう方向ではないんだなと気づいていった。カウンセラーに直接「自分に向き合いなさい」と言われたわけではない。

しかし夫婦のどんな揉め事を話そうとも必ず目を向けられるのは「私の心」だった。 あなたはどう思ったのですか? あなたはなぜそう感じたのですか? あなたはどうしたかったのですか? あなたはなぜそうしなかったのですか? 自分の気持ちを問われることが、とても心地良かった。

それは自分の気持ちがあるにも関わらず、長年自ら押さえ込む癖がついていて、今まで散々自分の気持ちを無視していたからだと気づいた。夫がここを直してくれば私は怒らなくて済むのに!という「主語が夫の思考回路」が少しずつ変化していった。

「楽に生きていくためには、幸せを感じらるようになるためには、自分に何ができるか?」と軸が自分へ向けられていった。一直線だった自分の捉え方の幅や角度や種類を広げてあげれば、1年のカウンセリングを経てほとんどの問題が解決していった。

しかし夫側の心の病からくる問題は事実、存在し続けていた。家庭に深刻な影響を与える。でも残念ながら私にはどうにもならない。私と夫の問題は別。私の考えは伝えるし話し合いもするけれど、最終的には夫自身で向き合っていかなければいけない。私が夫を変えさせることはできない。夫のペースもある。

私は愛する夫と人生を共に歩んでいきたかったけど、何年も状況は変わらず堪え難い問題が続くのなら、離婚が「お互いの答え」になるんだと思った。それぞれの生き方があるからそれぞれの人生を歩もう。その方がお互いが楽になる。憎しみ合いはしたくない。それに気づかされたのもカウンセリングだった。

よって、離婚すればカサンドラが消えるのではなく、自分が生み出していたカサンドラとは何だったのか?を知れた。相手の在り方によって揺さぶられてしまう自分ではなくて、自分はどう在りたいのか。その為には誰が行動すればいいのか。

それが私の「自分に向き合う」ことであった。