皆さんのカサンドラ体験談

キッカケは、高校を卒業した娘が引きこもりになったこと(はるみさん編)

カサンドラ歴15年。

「自分の意思で生きることの大切さ」を知り、やっと出口の面影が見えた。

キッカケは、高校を卒業した娘が引きこもりになったこと。

ある日、娘が絞り出すように言った。

「やりたいこともない、就職したい道もない。小中高、ずっと学校が嫌で嫌で、でも我慢して通っていた。もう我慢することだけはしたくない。でも何をしたらいいのか分からない。私には生きてる価値がない」

そして泣き崩れた。

正直、娘がここまで学校で悩んでいるなんて、知らなかった。動揺した。

「一人で悩んでいないで、どうしてもっと早くお母さんに話してくれなかったの?どうしてこんなになるまで我慢してたの?」

私のその言葉が娘のスイッチを入れてしまった。

「お母さんには一番相談できないよ!自分こそ相談相手いるの?お父さんとの生活にずっと耐えているのは自分でしょ!!」

お父さんには何も言えないお母さん

2年前、私はTwitterを始めた。

こんなにも夫に不満を抱えた同じ気持ちの人がいたんだと、救われた、と思っていた。

カサンドラという言葉も知れて、救われた、と思っていた。

夫と衝突するたびに、日々の愚痴を綴ってきた。

イイネや共感コメントがつく。

結婚は忍耐だから。みんな我慢しているのが普通だから。

そこでバランスが取れて、家庭では「お母さん」をやれていると思っていた。

自分はそう信じていた。

でも、娘にはもちろんそう映っていなかった。

「お父さんには何も言えないお母さん」

そう映っていた。

子供は、家庭の中に張り巡らされた緊張の糸を感じ取っている。

それに気づいていないふりをしているだけ。

それに気づいていなかった母親の私。

この気持ちをまた小さな画面に吐き出したところで、

5分しか持たないペラッペラの絆創膏を貼るようなもの。

もう今度こそ心の傷から目を背けてはいけないと決心した。

自分のことを知らなすぎた

「日本の教育と心の病」についてさくらさんの記事を見つけてから、泣きながら通っていた自分の学生時代を思い出した。当たり前だと思っていた教育の、「闇」を知り始めた。

「カサンドラ症候群に隠された根本的な原因」を別の観点からみた記事は、心を素手で鷲掴みされたような衝撃だった。自分のことを知ろうとしなさすぎた。

カサンドラになる人とならない人がいるということは知っていた。

失礼な言い方で申し訳ないが、カサンドラにならない人なんて、どんだけ鈍感なんだよって思っていた。

どんな旦那でも受け入れている心が広すぎる人だけだと思っていた。

でも、自分のことさえ自分で受け入れていないからこその「私が作り出す苦しみ」が見えてきた。

いつから今の自分になったんだろう

私は、自分の気持ちを表すのが苦手だ。嫌われるのが怖い。

旦那本人には、直接言えない。怒らせてしまうのが怖い。

匿名でしか、自分の気持ちを言えない。こんな自分が嫌い。

いつから今の自分になったんだろう。

こんなに自分の気持ちを押し込める自分。

物心ついた頃からだったんだだろう。

私の現在抱えている夫婦関係の悩み、ではなくて私の心の病は、

型に押し込める日本教育の影響でもあり、

衣食住は整っていたけれど、私が一番欲しかった愛情が欠けていた家庭で育った影響でもあり、

旦那のインナーチャイルドの影響でもあり、

もともとの自分の性格の影響でもあるかもしれない。

自分で自分を孤独にしないで

今の自分が言うのも説得力が全くないが、娘には、辛いことがあったら悩みが小さいうちに周りに相談できる人になって欲しい。

人を信じて頼って欲しい。

まず、母親の私が頼れる人でありたい。

私のようにTwitterでしか自分の気持ちを吐き出せなくなるまでに、自分で自分を孤独にするようにはなって欲しくない。

不満を言いながらその場に留まることはしないで、苦しい場所からは自分のために早めに離れてもいい。

意見を言い、行動できる人であって欲しい。

それが学校であっても。

この家庭であっても…

自分の意思で生きること

いろんなことが見えてきて、どこから手をつけていいのか混乱する。

まずは、娘が生きやすい環境を作っていきたい。

娘との信頼関係を築き直していきたい。

旦那とも今後の関係を話し合っていきたい。

20年以上も歪な夫婦関係が成り立っていたことを考えると、すぐには改善は無理かもしれない。もう無理かもしれない。その時はその時。

「自分の意思で生きること」を放棄していた自分だけは、もう無視したくない。